こちらの記事 で紹介させて頂いた
NLP個人レッスンの受講生のNさんから
嬉しいメールを頂きました!

山浦先生

8日間にも渡る、しかも長時間のレッスン、本当にお世話になりました。
私が最初に送らせていただいたメールの内容を覚えておられるでしょうか?

その当時、私は現場の苦渋にもだえ、子どもたちのため、同じ職場で働くスタッフのため、現状をなんとかしたい、との思いで、「NLPの本物を学びたい」と書きました。

そして、先生にその通り、「本物」を教え示していただき、なんとかNLPの入口に立つことができました。

基本的なスキル、それに伴った数々のワーク。そしてこれらは型どおりでお決まりのものではなく、終始一貫してエレガントに、縦横無尽にNLPスキルを使って教えてもらったのでした。

数々のワークをすることによって、私自身の課題や問題が自然と解決されたりしたのですが、時に、びっくりするようなこともありました。

特に、タイムラインのワーク。過去に戻り、その過去からリソースを持って現在まで戻ってくるというものだったのですが、私はそのトラウマ的な過去で落とし穴に落ちてしまったのです。
そして私は、私のタイムラインを嫌悪し、どうしようもない感じを抱き、うつうつとしていました。
すると先生は、パッと手順を切り替えて、私を生まれる前に置き、未踏のタイムラインを最高にリソースフルな状態で未来まで歩かせました。
すると、嫌悪されるぐらいのタイムラインが嘘のように輝きはじめたのです。
それとともに、私はとてもパワフルな状態になりました。

そのワークが終わった後で私は、
「どうしてあんなふうになっちゃったんでしょうね?」
と尋ねたら、先生は、
「ワークをやってたらこういうことって、しばしばあるんですよ。
きっと、無意識がトラウマをリソースに変えたかったんでしょうね」とにこにこ笑顔。

無意識に対する信頼と柔軟性。まさに先生はNLPを体現しておられました。

最終日、テストかと思われる数々の、最初は無茶振りで無理だと思われたプレゼンテーションも、先生のナビゲーションで、最後には自分でも驚くぐらい当たり 前にしかも楽しくやり遂げることができました。ラストを飾る無意識と意識がうまくコラボレートしているとても自然で最高の状態を体験することができまし た。

これから、自分なりにこれまでの自分の蓄積とうまくNLPを統合して、人々の役に立てていきたいと思います。

ほんとにありがとうございました。

この時のタイムラインは、
僕自身、とても印象に残るものでした。

10年後の未来を、
もっと素晴らしくするために必要なリソース(体験・知識・能力など)を
過去のタイムライン上から掘り起こすというものでした。

無意識に全てを委ねて
無意識の選択にまかせてタイムラインを過去にさかのぼります。

Nさんが
無意識に委ねて足がピタっと止まったタイムラインの過去の時点。
その瞬間、
Nさんの表情が急にゆがんでいき
明らかに血の気も引いていって呼吸も浅くなりました。
かなり、いや相当辛そうでした。

Nさん自身も予期しなかった事で
その時に、トラウマ的な、とても辛い体験をしたようでした。

タイムラインに限らず
NLPの全てのスキルは
本人の無意識がナビゲーターです。
セラピストは、
その無意識に寄り添って一緒に歩んでいく事に徹します。

リソースを「過去」に取りにいったはずが
Nさんの無意識が選択したのは
とても辛いトラウマ的な体験だったのです。

未来を素晴らしくするために
この過去の体験を、大いなる学びにリフレーミングするために
Nさんは、今回、東京まではるばる来られたのかもしれない・・・。
ふと、そんな気がしました。

この先、セッションがどのように展開していくかは
無意識が全て知っています。
ですので、おだやかなステートのまま
僕はセションを続けました。

そのトラウマ的体験をリフレームするために
ミルトン催眠、メタファー、知覚ポジション・チェンジ
賢者のメタファーによるダブル・タイムライン、
コンスタンツ・アンカーなどなど
タイムライン上で
NLPのスキルを幾重にもブレンドして続けたのです。

その結果、
最後にはNさんは
満面の笑顔、というよりは、ちょ~嬉しそうなニヤニヤ顔で
タイムライン上に立っていました。

最終チェックとして
タイムライン上のトラウマ体験の過去の場所に入ってみました。
すると、辛さや悲しみは消え去っており
足元から、大切な何かを学び吸収しているのを
Nさんはサブモダリティで感じたそうです。

未来をより素晴らしくするためのリソースが
やはり、その場所には確かにあったようです(^_^)

そして
タイムラインのはるか未来から現在過去に向かって
光に満ちたリソースが絶えず流れてくるように
タイムラインをデザインしました。

過去の延長線上に現在や未来があるのではなく
素晴らしい未来があるゆえの今現在であり過去という
時間の流れる感覚も修正したのです。